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【蜂起記念碑・聖母教会・キュリー夫人の生家】 ワルシャワの街歩きを楽しむ - ポーランド旅行記

ワルシャワ旧市街は、ワルシャワ・フレデリック・ショパン空港から北東方向 約10kmほどのところに位置します。 空港まで短時間で行けることから、帰国日の午前中もたっぷりと観光時間がありました。

ツアー中はどんよりとした天候の日が多かったのですが、その日はすがすがしい青空が広がり、 旧市街の徒歩観光を満喫することができました。

ワルシャワ蜂起記念碑

宿泊ホテルからワルシャワ旧市街に向かい、バスを降りたのはクラシンスキ庭園の近くでした。 通りを挟んで東側には最高裁判所があります。

その建物の前には、第二次世界大戦中ドイツ占領軍に対し蜂起した、 等身大のポーランド兵士たちのブロンズ像が立ち並び、悲しい歴史の一幕を描いています。

これは、ワルシャワ蜂起記念碑(Monument to the Warsaw Uprising)です。 旧市街中心の人魚像のあたりからは、西方向に700mほどのところに位置します。

ワルシャワの勇敢な兵士たちは自分たちの国を守り自由を取り戻すため、 絶望的な状況の中で戦い続けました。 残念ながら、ポーランド軍は敗れ、兵士や生き残った市民は更に悲劇の底につき落とされたのです。

何とか戦い抜こうとする兵士たちの奮起する姿、うなだれた悲し気な立ち姿からは ワルシャワの悲しい歴史や、彼らの絶望感が伝わってきます。

ポーランド女王聖母教会

ワルシャワ蜂起記念碑前の広場から東側を見ると、通りに沿って 2つの尖塔がとても美しい教会が見えました。

これは、ポーランド女王聖母教会です。 別名 ポーランド軍の大聖堂(Field Cathedral of the Polish Army)と呼ばれているそうです。 17世紀に建立され、ロシア正教会に改築されたり、戦争で破壊されたりと不本意な歴史を繰り返した後、 現在の姿に再建されました。

入口の上を見上げると、聖母像の立ち姿が見られ、 外観のみの見学でしたが、バロック様式でとても美しいシルエットの教会でした。

内部の主祭壇近くには、ソ連秘密警察によって何万人ものポーランド兵士たちが大虐殺された カティンの森事件の犠牲者を祀る碑が置かれているそうです。 美しい外観からは想像できないような悲劇の歴史を伝える存在の1つとなっています。

キュリー夫人の生家

ポーランド女王聖母教会に沿った通りを北方向に300mほど歩き、 突き当りから右方向に進むと旧市街が広がっています。

しかし、その前に少し寄り道。 まずは突き当りを左方向に少し歩きました。 見えてきたのは、キュリー夫人の生家です。

キュリー夫人は日本でも有名なポーランドの偉人。 ポロ二ウムとラジウムを発見し、ノーベル賞を2回も授賞しています。 彼女の生家は、現在キュリー夫人博物館(Marie Curie Museum)として公開され、 研究資料などが展示されているそうです。

建物は改装中でしたが、建物の外壁にはキュリー夫人と思われる絵が描かれていました。

バルバカン

次に旧市街方向に向かって歩いていきました。 見えてきたのは、レンガ造りの重厚な要塞 バルバカン(Barbakan)です。

16世紀に造られたバルバカンは、城壁に囲まれた旧市街への入口となり、 外敵の侵入を防ぎ、火薬庫や牢獄としても使われていたようです。

バルバカンはワルシャワの他の建造物と同様に、第二次世界大戦中 ドイツ軍によって破壊されてしまいました。 その後復元され、私たち観光客を中世の世界へ導き入れる玄関口となっています。

U字型になったバルバカンの中を通り抜けて通りをまっすぐ歩いていくと、 そこにはヨーロッパらしい美しい建物が立ち並ぶ風景が広がっていました。 ワルシャワの旧市街市場広場です。

ワルシャワ旧市街については こちらに書いています

ワルシャワ旧市街から西方向へのルートマップ

縮小すると、ワルシャワの各所観光ポイントがわかります。