Blogger

【ベレンの塔・発見のモニュメント】 テージョ川沿いにある大航海時代の象徴 - ポルトガル旅行記

ベレン地区(Belem)は、ポルトガルの首都リスボンから西方向に約30分ほどのところに位置します。 大航海時代を象徴する記念碑や世界遺産があり、リスボンを代表する観光地区になっています。

ベレン地区 - テージョ川沿いの風景

ベレン地区の南にはテージョ川(Tejo River)が流れる広大な風景が広がります。 テージョ川上流はスペインでタホ川と呼ばれ、ベレン地区から西 大西洋に流れ込みます。

西方向 先に見えるのは、ベレン灯台、ベレンの塔です。 岸辺をのんびりと散歩する多くの人が見られました。

ベレンの塔

ベレンの塔(Torre de Belem)は、 テージョ川の船舶の出入りの監視とリスボン港を守る要塞として16世紀に建てられた塔です。 マヌエル様式で作られたその外観は、テージョ川の貴婦人と称され、 1983年に世界遺産に登録されています。

ベレンの塔は4階建て構造になっており、近くで見るとテージョ川に浮かぶように見えます。

優美なマヌエル様式の外観からは想像しがたいのですが、 地下には水牢があり多くの政治犯を幽閉してきた歴史があるそうです。

私は外観のみの観光だったのですが、 最上階のテラスからは、リスボン市内の景観を楽しむことができるようで、 観光シーズン中は建物内に入るのに行列ができるほど人気だそうです。

さて、ベレンの塔から東方向には、テージョ川にかかる4月25日橋(Ponte 25 de Abril)が見えます。 4月25日橋は全長2278mあり、ヨーロッパで最長の吊り橋だとのことです。

そして、その手前に見えるのは発見のモニュメントです。

発見のモニュメント

発見のモニュメント(Padrao dos Descobrimentos)は、エンリケ航海王子の没後500年を記念して 1960年に建てられたものそうです。 帆船をイメージしたものだそうで、世界を目指した勇者達が並んでいます。

15世紀から17世紀前半にかけて迎えた大航海時代。 世界をリードし、ポルトガルはこの地を出発点として華々しく世界進出を図ったのです。 高さ52mの上部にはエレベータで昇ることができ、眺望を楽しむことができるようです。

発見のモニュメントの左右には、航海者、学者、宣教師など32体のレリーフが並んでいます。

先頭に凛々しく座っているのは、エンリケ航海王子。 彼が胸元で抱えているのは、大航海時代に活躍した帆船であるカラベル船です。

エンリケ航海王子の海外進出政策により、ポルトガルは大航海時代の先陣を切って 世界に羽ばたいていったのです。

そばで見ると、かなり大きな発見のモニュメント。 全景を撮るにはかなり遠くからになってしまい、 一体一体の顔の表情や姿容を撮ろうとすると、数人ずつになっちゃいます。

下の写真はモニュメントの西側。ベレンの塔側から撮ったものです。 西側の偉人たちは、名前を聞いてもピンとくる人があまりいなかったです。。。

そして、モニュメントの東側から見たのが下の写真。 1番前は、先に反対側からも見た、エンリケ航海王子

東側3番目にいるのは、ヴァスコ・ダ・ガマ。 ヨーロッパとインドを直結する、インド航路発見者として知られます。 発見のモニュメントが建つこの地は、彼がインド航路開拓のため出発した地であるのです。

東側6番目にいるのは、フェルディナンド・マゼラン。 初めて世界一周を成し遂げたとして有名な探検家です。 残念ながらマゼラン自身は航海半ばに亡くなるのですが、部下により1522年に世界一周を達成したのです。

東側後方から2番目にいるのは、フランシスコ・ザビエル。 彼はアジアでの布教にあたり、キリスト教を日本に伝道した宣教師として有名です。

日差しの関係で、午前中はモニュメントの東側の方がはるかに明るく、綺麗に撮影することができました。 ポルトガルの栄光の時代を目の前で感じることができ感動~!

かなり傾斜がある帆船先端部分に並ぶ偉人達。 これから彼らを待ち受けるであろう、難儀多き長い航海が感じられます。 そして前方を見据える彼らの様からは、その困難に立ち向かう強い決意をひしひしと感じたのでした。

コンパスローズ

発見のモニュメントのすぐ北にある広場には、コンパスローズ(Rose Compass)があり、 その中央には世界地図が描かれています。 この大理石のモザイクは、1960年に南アフリカ共和国から贈呈されたものだそうです。

世界地図の国の横には、それぞれ年号が書かれています。 その年号は、ポルトガルがその国を発見した年なんだそうです。

世界地図の東端の方に、日本も描かれていました。 日本は、「1541年」に発見されたとなっています。

日本の教科書で私たちが習うのは、 「1543年」にポルトガル船が種子島に漂着し、 はじめてやってきたポルトガル人によって鉄砲が伝来したということです。

しかし、ポルトガル側の記録としては その2年前の「1541年」にポルトガル船が豊後(大分)に漂着したとされており、 日本発見の年としているそうです。

コンパスローズの中の世界地図の上には、常に人だかりができており、 全景を撮るのはちょっと難しい状態でした。

それにしても、ポルトガルが先駆けとなり航路開拓や貿易活動など全世界に影響を与えた大航海時代。 この世界地図の上でも、改めて当時のポルトガルの勢いを実感しました。

さて、発見のモニュメントやコンパスローズの北方向を見ると、 リスボンを代表する世界遺産 ジェロニモス修道院があります。 宮殿のように美しい建物が横に広がっています。

ジェロニモス修道院については こちらに書いています

ベレン地区周辺マップ

縮小すると、リスボン旧市街の各所観光ポイントがわかります。